Go. Run 1000m×20本を終えて

本当久しぶりに開催した1000m×20本。

前回はいつだったのかな。 ブログで追うと6月 ?


スコールのような雨の中を走った記憶はあるのですが、それが6月だったかうろ覚えです。

いずれにせよご無沙汰をしていたのは確かです。



1000m×20本はサークル内でいろいろな練習の仕方があります。


20本走れるペースを割り出して完走を目指したり、

フルマラソンのペースより速く走って20本持ちこたえるのか確認したり、

本数を限定してこれまで走ったことのないペースに挑戦したり。



「1000m×20本を取り入れる意義をきちんと説明してエビデンスを示して、それでそれを見て納得しないと参加者は増えないのでは?」


と、昔言われたことがあります。


1000m×20本走る意義…。

そのトレーニングを取り入れることによってどのような効果が得られるのか。

論理的に説明せよ。

そしてそれを証明せよ。

さすれば道は開かれん。



詳細はH先生に聞いていただいた方がよいと思います。

「誰が何を言うのか」というのはとても大事だからです。

例えそれが同じ内容だったとしても。



ブログの中の人もブログを取り扱っている以上、そういったことを伝えられるくらい理解しておく必要があると思い、自分なりに考えてみました。


1000m×20本走る意義とは。

そのトレーニングを取り入れることによってどのような効果が得られるのか。

論理的にどう説明するとよいのか。

そしてどのように証明すると納得して参加してみようかなと思っていただけるのか。



考えた末に今書けることとしたら…。


「まず走ってみる+自分で考えてみる」


あるいは


「まずは自分で考えてみる+走ってみる」



練習目的を自分で逆算するというか。


なぜこの練習を開催しているのか。

この練習をすることによって自分は何を得られるのか。

どのような効果が考えられるのか。

その効果を自分のものにするためにどのように取り組めばよいのか。


自分で想像できる範囲なので、的外れなことを考えていたりかなり遠回りしてしまうリスクもあります。

ブログの中の人は見当違いなことばかりで遠回り+大回りです。

それも練習の一環だと思っています。


その後、確認というか答え合わせをすればよいのかなと思います。


GTCメンバーを探せ!?

どんな練習でも自分の力になる…はず。


シニアなわれわれは、そもそもがむしゃらなトレーニングはできないですし、もし無駄な練習だとしてもそれをしている途中で力尽きてしまいます。


シニアなわれわれは、自分にとって意味のないトレーニングを自然と回避できているのではないかと思うのです。


もちろん、練習できる時間に限りがあるのでより自分に合った効率の良い的確な練習の方がよいのです。

しかしそれは自分のスタンス次第で良い方にも悪い方にも転がります。


練習に対して感動的な動機づけ、論理的な説明、確固たるエビデンス…それらがあると心強いですけどね。

人を惹きつけますし、参加してみようかなと思うのだろうなと思います。


しかしそれらによって自分が速くなるわけではないのです。

「練習に対して感動的な動機づけ、論理的な説明、確固たるエビデンス」はあくまでも一般論であって実際に自分にあてはまるのかどうかは自分次第。



次回の1000m×20本は11/19土ですよ。

11/19 1000M x 20本 インターバル走 (6分30秒サークル)織田フィールド🏃‍♂️


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